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学校から見に行った思い出に残る映画 「子どものころ戦争があった」

【子どものころ戦争があった】

子どものころ戦争があった』(こどものころせんそうがあった)は、1981年公開の日本戦争映画

太平洋戦争中、アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれたことから迫害され、土蔵に閉じ込められて暮らす混血の少女とその家族を描く。日本児童文学者協会と日本子どもを守る会が編集した「語りつぐ戦争体験」の中の「泥血の少女の死」を基に映画化。

子どものころ戦争があった - Wikipedia

 

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あの頃、学校指定の映画を見に行くという行事が毎年のようにあって、おそらく「文部省選定映画」だったと思うのですが、最も印象に残っているのが、この「子どものころ戦争があった」という作品なのです。

1981年公開だったようです。

懐かしくて、もう一度見てみたいと思っているのですが、残念ながらDVDなどのメディア化はされておらず、現在ではほぼ視聴不可能となっているようです?

(VHS作品としては残っているようですが、、、)

 

 

【あらすじ】

太平洋戦争末期の昭和20年4月。小学校2年生の蓮池太郎は父親が召集されたため、母親の一枝に連れられて彼女の実家である福島県のある村に疎開してきた。母親の実家は古くから続く酒蔵で、一枝の母の野本みよが夫の死後30年の間、女手ひとつでこの酒蔵を守り続けていた。太郎は一枝、みよ、一枝の2人の妹二枝と政枝と共に暮らし始めるが、みよは太郎に「二番蔵はお化けが出るから、近寄ってはいけない」と言い渡す。

ある夜、二枝が警察に呼ばれ、事情を聞かれる。実は二枝にはアメリカ人の夫アーノルドがおり、彼は対日放送で降伏を訴えていた。二枝は敵国の夫を持ったがために官憲に目を付けられ、村人からは非難を浴びていた。

ある夜、太郎は母を捜して風呂場に行く。するとそこで、二枝と金髪に青い目の、見た目がアメリカ人の少女が風呂に入っているところに遭遇、激しく動揺する。その少女は二枝とアーノルドの間に生まれた娘エミであった。太郎は一枝からエミは自分のいとこだと聞かされるが、学校で常日頃から「アメリカ憎し」の教育を受けている太郎は当然のように反発、エミのことを受け入れない。

かねてから二番蔵が気になっていた太郎はある日、意を決して二番蔵のそばの柿の木に登り、蔵の中を覗き込む。するとその中にはエミがいた。実はエミはみよから二番蔵の中に閉じ込められていたのだった。みよは自分の反対を押し切ってアメリカ人と結婚した二枝に怒りながらも、世間の非難から孫を守っていたのだ。

疎開っ子としていじめられ、孤独だった太郎はやがてエミに同情するようになり、たびたび二番蔵のそばの柿の木に登り、窓からエミと話すようになる。新学期が始まると、太郎は村の子ども達と仲良く遊べるようになっていたが、「わたしね、梅の花が散る頃に学校に行けるのよ」 と話し、学校に行ける日を楽しみにしていたエミは、当然のように学校には行けなかった。

そんなある日、村の炭鉱から捕虜の米兵3人が脱走するという事件が起こる。2人はすぐに捕まったが、残りの1人が見つからない。官憲と村の連中は野本家に疑いの目を向け、押しかけてきた。これまで気丈に官憲の追及を突っぱねてきたみよも今度ばかりは歯が立たず、ついに二番蔵を開けざるを得なくなる。

しかし、蔵の中にエミの姿はなかった。その直前、太郎がエミを外にこっそり連れ出していたのだ。その頃、2人は素裸になって川遊びをしていた。太郎はついに解放されたエミと初めて心から笑い、楽しみ合う。

しかし、やがてエミは病魔に蝕まれ、静かに息を引き取る。終戦のわずか2週間前のことだった。

子どものころ戦争があった - Wikipedia

 

子どものころ戦争があった

 

疎開先で暮らし始めた主人公の太郎は「お化けが出るから二番蔵には近づくな」と釘を刺される。

母の妹である二枝と一緒に風呂に入っている碧眼の少女「エミ」を見てしまい動揺する太郎。

最初は受け入れられなかった太郎も、交流を重ねながら徐々にエミと意気投合して味方になっていく。

 

第二次世界大戦中、アメリカン人の父を持つがゆえに周囲の人々から迫害され、土蔵に幽閉されている混血児・エミ(キャサリン)とその家族の物語。
 子役の演技が良い味を出している映画です。もちろん、ベテランの大人達の演技も胸を打ちます。

とみいさん名作劇場⑧「子どものころ戦争があった」 - おはよう とみいさん

 

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樫山文枝」や「梶芽衣子」、「伴淳三郎」など大物俳優も出演していたようです。

それにしても、樫山文枝ってこういった教育映画みたいなのによく出ていた印象がありますね!

 

ある夜、二枝(梶芽衣子)は警察にアメリカ人の夫・アーノルドと娘の事を追及されます。憲兵の話ではアーノルドは対日放送で日本の降伏を訴えていると言います。二枝はアーノルドとの間に娘がいる事を否定します。
 しかし、実はみよ(三益愛子)が自分の反対を押し切ってアメリカ人と結婚した娘の二枝に怒り、孫のエミ(キャサリン)を蔵に閉じ込めていました。

とみいさん名作劇場⑧「子どものころ戦争があった」 - おはよう とみいさん

 

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蔵に閉じ込めて幽閉するなんていうシチュエーションは、手塚治虫の「奇子」を思い出すような展開ですね。

世間から隠すために、昔は本当にこういった話がよくあったようです。

 

 

太郎(斉藤優一)は祖母・みよ(三益愛子)から近づいてはいけないと言われた二番蔵が気になっていました。
 ある晩、母親を探していた太郎は浴室を開けます。するとそこには二枝(梶芽衣子)と金髪の少女(キャサリン)がいました。
 「アメリカ人がいる!」と驚く太郎。母・一枝(樫山文枝)は「あなたのいとこ」と教えます。

とみいさん名作劇場⑧「子どものころ戦争があった」 - おはよう とみいさん

 

子どものころ戦争があった (1981) | 映画遁世日記

 

混血児である「エミ」の心情を慮ると、愛おしいような可哀想なような複雑な感情が子供心に湧き上がってきて、ラストの頃には胸を搔きむしられるような想いになった事が思い出されます、、、

 

太郎ちゃんとエミの遊んでいるシーンは美しい。まだ心が汚れていない子ども達がキラキラしています。だからこそ、戦争の残酷さが観ている者の心を鋭く突き刺すのです。大人達が始めた戦争に何も知らない子ども達が巻き込まれてしまう悲劇が描かれています。

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本当に、あの川で遊ぶシーンは無垢で純粋でキラキラしていて、名シーンだったと思うので思い出に残っています。

 

この映画は現在ではあまり観る機会の少ない作品かもしれません。ですが、僕は隠れた名作だと思っています。もしも名画座などで観る機会があったら、おススメしたい作品です。

とみいさん名作劇場⑧「子どものころ戦争があった」 - おはよう とみいさん

 

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通常の封切りでは「遥かなる山の呼び声」と同時上映だったんですね!?

「この汚れなき生命をなぜ!」のキャッチコピーに心を揺さぶられます、、、

 

つつましやかで良い映画だとは思うが、こういう金髪碧眼の美少女の悲話を多くのエピソードの中から選択した時点で既に売らんかなの姿勢に堕している気もするし、可哀想というだけではなく現在に繋がる指針をこそ呈示するべきだろう。(cinemascape)

子どものころ戦争があった - 男の痰壺

 

子どものころ戦争があった : 浅田飴くうる日記

 

 

■キャスト

蓮池一枝 (樫山文枝

樫山文枝|松竹映画『男はつらいよ』公式サイト

 

蓮池太郎 (斉藤優一)

ノースエンド先生の部屋(邦画講座)4

 

野本二枝 (梶芽衣子

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野本エミ (キャサリン

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