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君は覚えているか!? 歴代のプロ野球「最低のダメ助っ人」たち

優秀な外国人もいっぱいいましたが、これはヒドイ!!という、記憶に残る「最低のダメ助っ人」外国人選手をまとめてみました。

 

マイク・グリーンウェル】 阪神(1997)
5月3日の対広島戦にようやく公式戦初出場し、満足なトレーニングも積まない状態でのデビューながら、決勝打を含む2安打2打点と活躍する。
しかし、それからわずか8日しかたっていない5月11日の対巨人戦で自打球を右足甲に当て骨折すると、「野球を辞めろという神のお告げ」と突然引退を宣言し、5月16日には帰国してしまう。

通算成績: 打率 .231 0本塁打 5打点

 

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マイク・グリーンウェル - Wikipedia

 

 

【ジョー・ペピトーン】 ヤクルト(1973)
ペピトーンは6月20日に初来日。3日後の対巨人11回戦(後楽園)の6回表に決勝タイムリーを放ち、その打棒に期待をさせたが、球団が「ペピトーン・デー」と位置付けた6月30日の対中日12・13回戦ダブルヘッダー(神宮)の第2試合を欠場。そのまま夫人(当時)との離婚裁判に出席を理由に無断帰国してしまい、解決後の8月8日に再来日。しかし、それから10日少ししか経たない8月19日の対阪神22回戦(神宮)を最後に、アキレス腱を痛めて勝手に自分のシーズンを『終了』してしまい、9月12日には治療名目で無断帰国した。

通算成績: 打率 .163 1本塁打 2打点

 

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ジョー・ペピトーン - Wikipedia

 

ゲーリー・トマソン】 巨人(1981~1982)
1981年、読売ジャイアンツに入団。引退した王貞治の穴を埋める存在として期待された。しかしこの年、打率.261、本塁打20本を記録したものの、同時に三振132(当時の球団新記録)を喫し、大幅に期待を裏切り、「舶来扇風機」、「三振王」、「トマ損」、「害人」(外人のもじり)などと揶揄された。また、守備でも、同年の日本シリーズでは、失点にからむ失策を記録した。
2年目の1982年の出場は47試合にとどまり、さらに藤田元司監督とトラブルを起こしたため、同年限りで解雇。

通算成績: 打率 .249 20本塁打 55打点

 

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ゲーリー・トマソン - Wikipedia

 

 

ディンゴ(デーブ・ニルソン)】 中日(2000)
2000年にシドニーオリンピック出場を条件として中日ドラゴンズに入団。多くの試合を左翼手として出場するが、慣れない外野守備と日本の投手に対応できず極度の打撃不振で8月に退団。捕手での出場は1試合のみ、本塁打横浜スタジアムのライトスタンド場外に放った1本のみに終わった。

通算成績: 打率 .180 1本塁打 8打点

 

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デーブ・ニルソン - Wikipedia

 

ブラッド・ペニー】 ソフトバンク(2012)
開幕5戦目となる4月4日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(クリネックススタジアム宮城)で来日初先発。3回1/3で64球を投げたが、6失点(自責点4)被安打7四死球3という内容で、5盗塁を許して敗戦投手となった。試合後に、故障歴のある右肩の痛みを訴えたため、出場選手登録を抹消。同月6日に福岡市内の病院で右肩の精密検査を受けたところ、「異常なし」と診断された 。その後、本人の希望で米国に一時帰国。現地での再検査でも異常が見られなかったため、同月下旬からは日本に戻って二軍で独自の調整を続けていたが、5月8日に球団からペニーの退団決定が発表された。

通算成績: 0勝1敗 防御率 10.80

 

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ブラッド・ペニー - Wikipedia

 

【ドン・マネー】 近鉄1984
あまりの待遇の悪さに、マネーは4月下旬「金は全額返すから、アメリカに帰らせてほしい」と退団を球団に申し出た。住居に大量のゴキブリが出ることが決定的な原因となって、家族と相談した結果退団することを決めたという。しかし、このように酷い待遇を受けていたにもかかわらず、退団会見では「球団に責任は全くない。すべて、この環境に慣れることができなかった私の責任だ」と殊勝に語った。

通算成績: 打率 .260 8本塁打 23打点

 

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ドン・マネー - Wikipedia

 

 

ジェフ・マント】 巨人(1996)
1996年、読売ジャイアンツに入団。年俸はそれまでの2千万程度から1億5千万円に跳ね上がる。右の長距離砲として期待され、武上四郎打撃コーチは「(本塁打を)70発は打つだろう」と評価したが、オープン戦から全く打てず。当時オーナーの渡邉恒雄が二軍降格を提案するが、当時の長嶋茂雄監督が「彼はテンプル大学出身だから、大丈夫でしょう」と擁護(意味は不明)、起用を続ける。ペナントレースが開幕してもヒット3本、打率が1割台と低迷し、5月初旬に解雇されてしまった。

通算成績: 打率 .111 0本塁打 1打点

 

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ジェフ・マント - Wikipedia

 

ロブ・ディアー】 阪神(1994)
シーズンに入ると、外角低めの変化球をことごとく空振りして三振を量産した。三振率はラルフ・ブライアントを大きく上回って4割に迫り(.396)、「2億7000万円の大型扇風機」と揶揄された。それでも監督の中村勝広は「いつか打つだろう」と述べ、亀山努をベンチに下げてまでディアーを使い続けた。しかし調子は上がらず、出場70試合で打率.151、8本塁打という成績に終わった。打った本塁打の大半はデーゲームで、鳥目なのではないかという説もあった。8月に右手親指靭帯断裂で帰国し、そのまま退団となった。

通算成績: 打率 .151 8本塁打 21打点

 

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ロブ・ディアー - Wikipedia

 

ダン・ミセリ】 巨人(2005)
敗戦処理での登板にミセリは不満を顕わにし、さらには右肩痛を訴え始めた。首脳陣は再度二軍降格を打診するが、あくまで二軍落ちを拒否する姿勢を示した。このことで4月17日にミセリ本人を交え、話し合いが行われたが、結局交渉は決裂に終わり、首脳陣は現場の状態をフロントに報告。開幕から1ヶ月も経たない4月19日に球団史上最速で解雇に至った。

通算成績: 0勝2敗0セーブ 防御率 23.63

 

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ダン・ミセリ - Wikipedia

 

 

ゲーブ・キャプラー】 巨人(2005)
ポジションも開始当初の中堅手から左翼手にコンバートされるなど、最後まで日本野球に適応することはできず、持病の腰痛を再発させた事を理由に7月8日に契約解除を球団に申し出ると、球団も了承した。
開幕から17打席ノーヒットを含め111打数で17安打、打率.153と打撃面も低迷したものの、我慢強く使われた。

通算成績: 打率 .153 3本塁打 6打点

 

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ゲーブ・キャプラー - Wikipedia

 

【ブルック・ジャコビー】 中日(1993)
1993年、中日ドラゴンズに入団。背番号7。現役メジャーリーガーとして相当の期待をかけられたが、古傷である右ひざの不安もあって開幕直後から極度の不振に陥ってしまった。結局5月上旬、怪我を理由に退団。

通算成績: 打率 .183 2本塁打 6打点

 

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ブルック・ジャコビー - Wikipedia

 

ケビン・ユーキリス】 楽天(2014)
オープン戦から打率が2割前後にとどまっているうえに、公式戦の開幕後には右手首への死球などで数試合を欠場。5月7日には、故障箇所の再検査と治療を目的に、球団の承諾を得たうえでアメリカへ帰国し、以後出場することなくレギュラーシーズンを終えた。
10月30日に、現役引退を表明した。

通算成績: 打率 .215 1本塁打 11打点

 

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ケビン・ユーキリス - Wikipedia

 

【ホアン・アイケルバーガー】 ヤクルト(1989)
アイケルバーガーは春季キャンプ途中でのテスト入団の為、同選手の掲示板が用意されておらず、8文字の長い名前をどのように表示するのか注目を集めた。入団の経緯は、当時の監督関根潤三がラジオにて、「名前がおもしろくて獲ったんだよねー、なんて言ったっけ?開幕で暴投してすぐいなくなっちゃった」と発言している。

通算成績: 0勝3敗0セーブ 防御率 7.04

 

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ホアン・アイケルバーガー - Wikipedia

 

ケビン・ミッチェル】 ダイエー(1995)
メジャー屈指のスラッガーにふさわしい打棒をみせていたが、ほどなく故障が再発し、外野手としてプレーすることが難しくなったため指名打者へ回る。その後も回復が思わしくなく、欠場することが多くなった。このことはマスコミに「仮病」「医師の診断が出ない」などと報道された。その後も、シーズン途中で病気療養を理由に一時帰国した際、「無断帰国」と報じられるなど、ミッチェルの名は「問題児」「不良外国人」のレッテルが貼られ世間に知られることとなった。

通算成績: 打率 .300 8本塁打 28打点

 

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ケビン・ミッチェル - Wikipedia

 

メル・ホール】 ロッテ(1993~1994)~中日(1995)
愛甲猛は自著の中で、史上最低の野球選手という題でホールを酷評しており、「ロッテ時代は指名打者としての出場がメインだったので、自分の打席が終わると、いつも隣の控室でテレビゲームをして遊んでいた。」と綴っている。また1994年にはチームメイトで同じ助っ人のヘンスリー・ミューレンスに対し、実績の格の違いを理由に、使い走りをさせたり、ロッカーをいじるなどかなりいじめていたらしく、当時監督の八木沢荘六にも2度注意をされていたという。ミューレンス自身はこの件に関し、「ホールは嫌な奴だった。二度と思い出したくない」と語っている。

通算成績: 打率 .278 64本塁打 207打点

 

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メル・ホール - Wikipedia

 

ケビン・ミラー】 (中日2003 入団拒否)
2003年1月、NPB中日ドラゴンズは、新外国人選手としてケビン・ミラー外野手を獲得。年俸総額660万ドルの2年契約を結んだと11日に発表した。
ところが、マーリンズがミラーを中日に譲渡するために、同選手をウェーバー公示にかけたところ、中日に加えてMLBレッドソックスも入札を表明した。これはMLBNPBの間にある「日本の球団に譲渡する目的でウェーバーにかけた選手は、他球団が入札をしない」という紳士協定を無視したものであった。
ミラーはレッドソックスへの入団を希望。「基本的に合意したが、正式契約はまだだ。中村とどこが違う」と、自らの正当性を主張し来日を拒否する。

 

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ケビン・ミラー問題 - Wikipedia

 

ケビン・ミラー - Wikipedia

 

 


【読売巨人】キャプラー外野手 - YouTube

 


楽天vs西武 ドミンゴ日本新4ボークに侮辱行為で退場 - YouTube

 

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